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2006年02月19日

大衆の見るオリンピック

現在開催中のトリノオリンピックで、日本選手らは今のところ際立った活躍をみせることがなく、日本の獲得メダル数は0ではないか、という予想をする人まで出てきています。

個人的にはマスコミ、テレビや新聞の過剰な期待が今回の低迷をより色濃くしてしまったような気がするのです。時代錯誤を承知の上で、非国民とカテゴライズされると思うのですが、日本の次回オリンピック時の選手はもちろん、報道のあり方にもいい薬になったというのが自分の率直な感想であります。

マスコミだって旬の話題をとりあげずして、何がマスコミの役割だという見方はもっともですが、失望感を招かないような報道の仕方はないものでしょうか。例えば、外国人選手と比較してその選手の長所と短所を分析するといった見せ方とか。

いや、メディアリテラシーというのですか、自分もそこまで詳しく見ていたわけではありませんから報道の、情報の受け取り方に問題があったかもしれません。単に新聞やテレビに露出が多かったというだけで、すごい選手だなという稚拙な認識を重ねてきたことは否定できないのです。

そう考えると、自分も作られた大衆一般以上でも以下でもないことがわかり、同情すべくはそんな大衆の期待を背負う宿命にある選手の方々ということになります。つまり今回は前回アテネオリンピック時の日本の大衆の反応と逆でありながら、実は大衆のまったくもっての身勝手さがその根底にあるのではないかという結論に達してしまいました。

大衆なら大衆らしく素直に楽しもうという姿勢になると、スノーボードクロスという新競技に目が釘付けになりました。抜きつ抜かれつの激しいレース展開とクラッシュによる大逆転劇にすっかり魅了されたのであります。次回の冬季オリンピックが楽しみです。

新しい文の調子に手ごたえを感じながらも、このブログにおいてはるかに重要な別の変化が必要な気がしつつ、それは末代までの秘密にして今回の報告は以上です。





posted by J研メンバー at 21:49| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ、ジャーナリズム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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